−Fellows− 


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☆ 特別版 「Fellows」 ☆
友人・りゅう嬢がしば犬誕生日祝いに書いてくれた小説です! 許可が取れて閲覧できましたv お楽しみ下さい!



 ある日の事、執務室で仕事をしている黒髪の男が不意に書類の山から顔を上げた。じっと見つめる先は執務室の扉で、書類の山によって不貞腐れていた顔が段々と嬉しそうに綻んでいく。
 彼の隣に立っていた従者はそんな男の様子を見て、今日はもう仕事をさせるのは無理だと察知し、机に置こうとした書類を手元に戻して控えめに苦笑いを生んだ。
 急ぎの書類が片付いている事もあり、従者は「どうします?」と、答えが分かっている問い掛けをする。
 すると思った通り、彼は持っていたペンを投げ捨て「休憩にするぞっ」と声をあげ、続けて「ユッキー入っておいでっ」と扉に向かって声を掛けた。
 暫く間があり、そぉっと扉が少し開かれる。と、いつの間にか移動した従者が扉に手を掛け、「レイスは休憩だから遠慮しないで大丈夫だよ」と、外に居る者に声を掛けながら改めて扉を開けてやった。
 月の光が美しいこの国で、今宵もまた、新たな物語が始まろうとしていた。

 Sweet Magic

 ここ、夜の国と呼ばれる世界の王子、レイス・ファーストは、従者アズが開けた扉から入ってくる幼い少女に向かって手を広げた。
 彼女はレイスの妹姫で名をユキと言う。いつもなら傍に控えているはずの護衛、獣人であるセシルも連れず、ユキはぽてぽてと足音をたててレイスに近づき、素直にきゅっと兄に抱き付いた。と、少し困った様な表情でレイスを見上げる。
「ん〜? 一体どした? お兄様が仕事ばっかりで寂しかった?」
 一人で居るのも珍しいが、本来ならば今はレイスの執務時間だ。そうだとわかっているはずの彼女がこうして仕事中に訪ねて来るのは珍しい。
 ユキを溺愛し、目に入れても痛くないを地でいく彼は、嬉しそうな笑顔でユキを抱き上げると、近くのソファーへと移動する。が、ユキは抱き上げられながらもレイスの言葉にきょとんと蒼い瞳を丸くさせ、ふるふると首を横へと振った。
 ツンデレラという異名をレイスから付けられているだけあって、彼女の行動はたまにつれない。
 お茶の用意をし始めたアズが思わずくすりと笑うと、ムッとレイスが子供の様に拗ねた。
「でもユキちゃん、本当にどうしたの? 何かあった?」
 紅茶と共に、本日のお茶菓子であるステンドグラスクッキーを二人に勧めながら、アズはユキに首を傾げた。
 すると思い出したとばかりに、ユキがはっと顔を上げてレイスの手を強請る。
 彼女は言葉を紡がない。その代わり、何か伝えたい時はこうして文字にして相手に伝える。小さい指が一生懸命に綴るその行為はくすぐったくもあり微笑ましい。一文字ひともじが段々「言葉」になっていくのを見て、レイスは拗ねた表情を崩してユキの事を抱き締めた。
「も〜そんな可愛いこと言っちゃうお姫様は誰だ〜v」
「レイス、壊れてるぞ、というかユキちゃんしかいないからね」
 アズの冷静なツッコミも、可愛いを連呼するレイスには届かない。
 称賛を受けている本人はというと、今回はそんなに強くなかった拘束からぷはっと逃れ、今度はアズの手を強請った。
 ユキが同じように手に言葉を綴ると、アズの青い瞳がぱちぱちと瞬く。
「な? 可愛いだろうちのお姫様」
 自慢するように口元に弧を描き笑うレイス。その隣で、アズはレイスの言葉に同意をしつつも、少し考え込む様に黙ってしまった。
 そもそもどうしてユキがレイスを訪ねてきたかというと、彼女はとある人に贈り物をしたいらしい。その贈り物の相談とお願いの為に、ユキはレイスを訪ねてきたというわけだった。しかしそれだけならこの時間帯でなくても良いだろう。ユキがこの時間に執務室にやってきたのは、この事をできるだけ内緒にしたかったからで、ユキはセシルが訓練に出ている間に相談しようと思い、結果、この時間帯になってしまったというわけだった。
 部屋に入る際に躊躇したのはそのせいで、そんな遠慮がちな行動にレイスは何時でもおいでと声を掛ける。
「うん、でも贈り物か…」
 アズはぽつりと言葉を呟く。
 そんなアズの様子にユキの蒼い瞳が不安を抱いた。そして再びレイスを見上げ、彼の服を控えめに引っ張りながら「だめ?」と彼女の首がこてりと動く。
 すると、「全然駄目じゃないぞv」と、一瞬の迷いもなく、レイスが笑顔でユキに答えた。
 ふにゃりと柔らかな笑顔がユキに戻り、うきゅりと、いつもならアズに対して多いユキからの抱き締めがレイスに対して行われる。
「よかったねユキちゃん」
 レイスが良しとするなら(元々許可すると思っていたが)どうにかなるだろうと、アズは考える事を一端止め、ユキの頭を優しく撫でる。そして用意したお茶とお菓子を再度二人に勧めた。
 ユキはアズの言葉に嬉しそうに頷くと、勧められたクッキーを手にし、キラキラと輝くそれを口へと運ぶ。
 その名の通り、ステンドグラスの様な飴がぱりぱりとしていてとても美味しい。そして淹れて貰った紅茶を飲むと、ふにゅっとした何とも言えない笑顔と幸せオーラが彼女の周りを包んだ。
「それでユッキーは何を贈りたいんだ?」
 ユキの笑顔に自分も笑顔になりつつ、レイスはクッキーを口にしながらユキに声を掛ける。
 すると、ユキはまだ決まってないと、ふるふると首を横へと振った。
「お花はどう?」
 一番無難だろう贈り物をアズが言うと、それでは面白くないとレイスが横から口を挿む。
「そもそも贈り物は相手が喜ぶものじゃないと」
 世の女性を虜にする笑顔で、レイスはユキを見て口を開いた。
「ユキは何がその人に似合うと思う?」
 自分が貰って嬉しい物や、相手に似合うと思った物ならきっと喜んで貰えるよ。と、レイスはユキの頭を撫でる。
 するとユキは暫く考えた後、レイスの手を再び手にして言葉を綴りだした。彼女の答えは「甘いお菓子」。
「あぁ、それなら良い考えがある」
 にやりと、レイスが悪い笑みを浮かべる。
「オレンジ「は、却下だよ」……」
 新しい紅茶を注ぎながら、アズがレイスの言葉を遮って涼しげにそう答える。ユキにもおかわりを注ぎ、彼は彼女から可愛い笑顔を受け取った。
「冗談だってば、……あ、もっと良い考えがあった」
 今度は何? とアズの視線が段々冷たくなっていく。こういう時のレイスは碌な事を考えていないというのが幼馴染の感だ。
 しかし案外彼の思考はまともだった様で、悪い笑顔のままではあるが、レイスはユキにお菓子を作っちゃうってのはどう? と指を立てて提案をする。
 ユキはその提案に瞳を輝かせ、こくこくと何度も頷き、レイスの意見に同意した。
「よしっ! それじゃぁ今度教えて貰いにお兄様とお出掛けしようっ!」
「え? 何処に行くつもりなんだ?」
 レイスは再びユキを抱き締め、口端を上げてアズに視線を向ける。
「やっぱりお菓子作りといったら女の子だろ?」
 ニヤリと、そんな擬音が似合いそうな笑みを浮かべ、今日用意されたクッキーを見て、再びアズを見て、レイスは言う。
「ライトならユキでも作れるお菓子とか知ってるよなっv」
 先程の感はやっぱり当たっていた様だ。

 ◆-------------------------◆

 夜も濃くなり、今日という日は後は寝るだけとなった頃、レイスの私室にて、アズは不機嫌にワインをグラスに注いでいた。
 グラスの半分少しまで注がれたそれを、レイスがワインに良く似た紅い瞳を細めて上機嫌に口にする。
 同じ空間にいるというのに対照的な二人を見ているのは、窓から見えるお月様だけだ。
「アっちゃん、何そんなに拗ねてんの」
「拗ねてない」
 アズはチーズと小さくカットされたバゲットをレイスの前に置く。
 そのバゲットの一つを取り、レイスは行儀悪くワインに浸して食べた。
「レイス、行儀が悪いよ」
 まったくもうと、アズは何で自分が怒っているのかが段々分からなくなってくる。
 レイスが指を指す席に座り、彼は大きな溜息を付いた。
「アっちゃん、幸せ逃げるぞ」
「レイスがあんなこと提案しなければおれは幸せだよ」
 レイスがユキにお菓子作りを提案した後、ライトに教えて貰おうという彼の言葉でユキが大変に喜んだ。
 一度は反対したものの、レイスのいつもの説得という名の押し通しによって、ユキとレイスは三日後にライトに会う為に出掛ける事になり、それを渇いた笑いで見守るしかなかったのがアズである。
 ライトはアズが変装した姿だ。それを知るのはレイスと、アズにとっては不本意ながら黒豹の獣人の二人だけ。
 ばれてはいけないしばらすつもりもない。だからこそ、三日後を思ってアズは盛大に溜息を付く。
「でも可愛い女の子が並んでお菓子作ってたら喜んでくれそうじゃん?」
「だからライトは可愛くないし、ただレイスがからかいたいだけだろ」
 もう引くに引けないが、あの後、アズは訓練が終わったセシルが執務室に顔を出した時、彼に心配をされてしまったのが頂けなかった。否、何か言いたそうにしていたアズを見て心配したセシルに対し、レイスがライトの話をしていたと自慢にもならない話を自慢げに伝えた挙句、「アズにとってライトは妹みたいなものだから色々と心配なんだよな」と新たな設定を付け加えられたのが頂けない。
「兎に角、今回は…って、レイスっ、一体何処でライトに会うつもりなんだっ?!」
 お菓子を作るとあっては外で会うわけにはいかない。かと言って城の厨房を使うわけにもいかない。が、レイスはユキに対して言ったはずだ、ライトに会う為に出掛けようと。
「ん? あぁ、この間良い物件があったから買っちゃった」
「え?」
 少し前、ユキがライトに慣れる為という名目で出掛けた湖。その湖の近くに、レイスの言う良い物件というものがあったらしい。
 城にばっかり籠っていても身体に悪いし、隠れ家気分で手に入れた。と、彼は悪気もなく言い放った。
「〜〜〜〜〜」
 ガクッと、アズが机に突っ伏す。最早何も言えなくなってしまい、怒りを通り越して泣きたくなってしまう。
 そんなものの為に力を入れるなら、毎日の執務を逃げる事無くこなして欲しい。
「アっちゃん? お〜い、…寝た?」
「寝るわけないだろうっ!」
 レイスの一言に、ガバッとアズが起き上がる。と、彼はそれを狙っていたらしい、レイスはアズの口の中にチーズを放り込んだ。
「美味いよな、これ」
 上品に広がるチーズの香り。
 アズは放り込まれたチーズを咀嚼し、飲み込む。
「……はぁ、もうとりあえず三日後の事決めよう」
 そうこなくっちゃと、レイスはグラスに入っていたワインをすべて飲み干す。それにアズはワインを注ぎなおし、三日後に備えて口を開いた。
 彼等が寝るのはまだまだ先の様である。

 ◆-------------------------◆

 馭者が走らせる馬車に乗り、レイスとユキが馬車の窓から身を乗り出して外を眺める。危ないよと、アズは苦笑い気味に二人に言うが、流れる景色を楽しそうに見る兄妹が聞いているかどうかは分からない。
 今宵は柔らかな月の光が降り注ぎ、お出掛けには丁度良い気候だ。
 ユキが贈り物についてレイスに相談をしてから三日が経ち、ユキがライトにお菓子作りを教えて貰う約束の日が訪れた。
 レイス、ユキ、アズの三人は、馬車に乗り、湖の近くにあるというコテージに向かっている。
 今日もセシルの姿はない。内緒にしたいという妹の願いを聞き入れ、レイスはユキの護衛であるセシルに他の軍人と共に軍事訓練に出る事を命じた。今頃しょぼくれているかもしれないが、帰ってきたら良いことあるぞというレイスの言葉と、今日は楽しみにしていてねというユキの言葉によって寧ろ気合いが入っているかもしれない。
 久しぶりの三人での外出にユキもレイスもご機嫌だ。ただし、あくまで今回はライトに会うのが目的なので、三人でというのはコテージに着くまでであるが。
 段々前に来た時と同じ光景が見え始め、しかしまた遠くに流れていき、馬車はコテージの直ぐ近くにまでやってくる。
 馬を止め、馭者が着きましたと声を掛けると、待ってましたとばかりにレイスが馬車から飛び降りた。
「レイスっ」
「さぁユキ姫お手をどうぞ」
 いくら休みの日でも王子としての行動は慎むべきだ。しかし、レイスは出来るのにも関わらずそれをしない。
 そしてアズがそれを咎める前に、彼はユキに手を差し伸べた。まるで今の出来事がなかったかのように、彼は王子様として紳士に振舞う。
「さてアっちゃん、俺達は良い子に待ってるからちょっとライト嬢のお迎えに行ってきてv」
 馬車から降りたところで、レイスは馭者の前でアズに笑みを向ける。
 アズも馬車を降りると、レイスの言葉に了解した。が、王子と姫を置いていくことは出来ないと首を振る。
「んな心配しなくても、アズが速攻で帰ってくれば大丈夫」
 だからはよ行って来いと、レイスはアズの背を押す。止めにライトを待たせるなと言えば、不満そうにしながらも水音と共にアズがその場から姿を消した。
 消えたアズを見送っていた馭者は、馬を撫でながらも不思議そうにレイスを見る。
「ん? あぁ、この間皆と出掛けた時にライト嬢にちょっかい出してきた奴がいたんだ。本人は前みたいに一人で来るって言ってたんだけど、それじゃ心配だろ?」
 着いたら迎えに行くから用意だけしとくように言ってあるんだとレイスは言う。
「で、帰りはアズの魔法で速攻で帰るから帰って良いぞ」
 その一言に、馭者は目を点にさせる。王子は今アズ様が言っていた事を聞いていなかったのだろうかと不安にさえなった。
 しかし王子の自由振りは夜の国に仕える者ならば誰もが知る事実である。元々送りだけで良いと聞いていたのでその事に関しての驚きはなかったが、せめてアズがライトを迎えに行っている間だけでも待っていようかと思ったのに、それさえも「大丈夫」で済ませる王子に彼はアズの気苦労を心配する。
「んで、戻ったらセシルに楽しんでますvって伝えておいて」
 ユキの手を取り、ばいば〜いとレイスは馭者に対して帰る以外の選択を消す。その為、彼は少し不安になりながらも馬をぽんぽん叩き、駈足の扶助を行うべく手綱を持った。
 馬車の進行方向を変え、馬が走り出したところで水の音が馭者の耳に届く。
「あ、アズお帰り〜、ライトも良く来てくれたな」
 続いて聞こえたレイスの声に、馭者は行先から視線を外してレイス達を見た。と、コテージの前には金色の髪に青い瞳を持った女性がアズの隣に立っているのが見える。
 白いノースリーブのブラウスにベビーブルーのスカートという柔らかな印象で、彼女、ライトは嬉しそうに近づくユキに微笑みを向けていた。
 間に合った様だと馭者はほっとし、進行方向に顔を向け直す。そしてレイス王子から預かった伝言を伝えるべく、馬と共に城へと帰って行った。

 ◆-------------------------◆

 馭者が去るのを見届けると、レイスはユキと手を繋ぎ、もう片方の手をライトに差し出した。
 少し戸惑いながらも差し出された手に手を乗せ、ライトは「ありがとうございます」と控えめにお礼を口にする。
 ライトの後ろで様子を見ていたアズは静かに移動し、コテージの扉を開けた。
「ありがとさん、アズ」
 頭を下げ、アズは手の動きで三人を迎え入れる。
 一歩中へと入ると、コテージ内は木の香りがふうわりと広がり、素敵なその空間にきらきらとユキの瞳が輝いた。
「素敵なところですね」
 ライトもきょろきょろと周りを見回し、ほぅっと気持ちを落ち着かせる。
「だろ? まぁ探検しても良いんだけどそれはちょっと後にして、まずはユキとお菓子作ってほしいんだ」
「はい、お聞きしておりますわ…、私でよければお手伝いさせて下さい」
 レイスは厨房と呼ぶには随分狭いが、それでも使い勝手がよさそうなキッチンへと二人を案内する。
 道具や材料は用意してあるとの事。アズから作る物は聞いたと言うレイスの視線を辿ると、確かにそこには沢山の調理器具と材料が綺麗に並べられていた。
「俺とアズは邪魔にならない様にそこでチェスでもしてるな、ユッキー美味しいの頼んだぞ〜v」
 アズ、邪魔になるから行くぞっと、レイスはアズの背を押し、キッチンから少し離れた部屋へと移動する。と言ってもキッチンから二人を見ることは出来るし、レイス達もライトとユキを見る事が出来た。移動した部屋のテーブルにはチェス盤が置かれており、ご丁寧にもその駒は赤と青で揃えてある。
「ではユキ様、早速始めましょうか」
 ふわりと微笑むライトにユキもこっくりと頷く。と、レイスが慌てて戻ってきて、渡し忘れてたと、ユキとライトに薄く大きな箱を手渡した。
「レイス王子?」
「?」
 促されるまま、ライトとユキはお互いに首を傾げながら渡された箱を開ける。すると、そこに入っていたものを見てユキが満開の笑顔を咲かせた。
「色違いのエプロン、よかったら使ってな」
 ライトのエプロンは紺色の生地がベースになっており、首紐と腰紐は水色のリボンになっている。ユキのエプロンは白い生地がベースで、首紐と腰紐が黒いリボンだ。
 腰から下はスカートの様に巻くタイプになっており、着た姿はまるでフレアスカートの様。腰のリボンは前で結ぶ様になっていて、大人っぽさと可愛らしさを上手に織り交ぜた二着となった。
 ユキが嬉しそうに、ライトに手伝って貰いながらプレゼントされたエプロンを身に着ける。そして着終わったユキの視線に負けたのか、「で、では、わたくしも…」と、ライトもたどたどしくエプロンを身に着けた。
 ユキのエプロン姿は少し背伸びをした感じに、ライトのエプロン姿はそんなユキを見守るお姉さんといった感じか。二人の可愛い姿にレイス王子はとてもご満悦の様である。
「あ、ありがとうございますわレイス王子…」
 二人のお礼に、レイスは再びその場を去る。
「…ではユキ様、お兄様の為にも、贈り物の為にも頑張りましょうね」
 そう言ったライトはユキと並んでキッチンに立って、まずは材料の確認をし始める。
 しかし何でもない様に見えて、ライトとしてこの場に立つアズは、今非常に怒っていた。ユキが隣に居るので顔にも態度にも出さないが。
 そんなサプライズいらない!! と叫び出しそうになるものの、これはユキの為だと彼は必死になって抑えている。彼は今はライトなのだ。今の姿が不本意だろうと、彼はユキ姫にお菓子作りの為にここにやってきたライトでなければならない。レイスの為ではない、『彼女』の為だ。
 今頃レイスとチェスをやっているだろうアズも、アズ本人が作り出した水の人形でしかない。三日前から必死になって考えた結果がこれだ。
 ライトが切っ掛けでというのが何とも嬉しくないが、良い勉強になっているとも思っている。絶対にレイスには言わないけれども。
 アズの今までの行動はこうだ。まずレイス達と一緒に馬車でここまで来て、ライトを迎えに行くという理由で一度その場から消える。ライトに化けた後、自分の代わりとして水の人形と共に元の場所に戻れば、ライトを迎えに来たアズが出来上がる。そして今、自分がライトとしてユキの隣にいる。
 水の人形でライトが出来ればよかったのだか、喋らせたりお菓子を作ったり、ユキの相手をしたり、人形でそれ全てはそう簡単にいくものではなかった。
 魔法は万能ではないのである。だからこそ今の状態がある様に。
「ではユキ様、この粉とこのお砂糖をここへそうっと入れてって下さいな」
 気持ちを切り替え、アズ…ではなくライトがユキに声を掛ける。
 ライトが支えている篩の中にユキが用意された(既に分量が計られた)小麦粉・砂糖・ベーキングパウダーを入れると、ライトはとんとんと篩を手に当て粉類をボウルの中に篩っていった。全てが篩にかけられると、空気を含んだ粉がボウルの中で真っ白な山になっている。そこにライトはバターを入れ、用意されていた器具をユキに渡し、粉とバターを切る様にして混ぜて貰った。
「ユキ様お上手ですね」
 ライトの言葉にユキが照れた様に笑う。
 バターと粉がそぼろ状になったところで、卵とミルクを混ぜたものを粉の中に入れた。器具を変え、再びユキに切る様にして混ぜて貰う。すると、段々色が白から薄い卵色に変化し、更にぼろぼろの状態へと変化した。粉の白さがなくなれば良いので、それを一つにまとめ、生地を一端休ませる事にする。その間は暇になってしまうのだが、その間にジャムでも作りましょうとライトがユキに提案すると、ユキは嬉しそうに頷いた。
「ではお好きな果物を持ってきて下さいますか?」
 ユキは果物が入った籠からそのままで食べても美味しい瑞々しい果実を選び、それをライトに手渡した。
 ライトはそれを受け取ると、その果実を洗い、お砂糖をかけて暫く待つ。すると果実から沢山の果汁が出て、その果汁と共にライトは果実をお鍋の中に入れ、ことことと煮込んでいった。ユキには焦げない様に丹念に混ぜて貰い、ライトは出てきた灰汁を掬っていく。
 暫くその作業を繰り返し、ライトはコップに入った水を用意した。そこに少しだけ掬ったジャムを垂らす。と、ジャムはコップの底に静かに沈んでいった。
 美味しいジャムになった証拠である。
「ユキ様どうぞ」
 スプーンで掬い、覚ましたそれをユキに食べて貰う。すると、ふわぁっと果実の甘さが口いっぱいに広がり、ユキが笑顔で頬を抑えた。
「レイス王子には内緒ですよ」
 作った人の特権ですと、ライトは指をたてて唇の前へと持っていく。しぃっと視線だけレイスの方に向けば、ユキは少し悪戯っ子の様に笑った。
 こうしてちゃんとジャムが出来ところで、お菓子作りを再開する。
 休ませて置いた生地を綿棒で伸ばし、伸ばしたところで広がった生地を三つ折りにする。その生地をまた伸ばし、それを繰り返すこと三回、適当な厚さに伸ばしたところでライトはユキに型抜きを手渡した。
「こうして押すだけなので、ここはユキ様にお願いしてもよろしいですか?」
 ライトのお願いにユキは頷き、張り切って型抜きをし始める。全部抜き終わったら生地を纏めて、また同じ様に伸ばして型抜きをして下さいとライトは言い、ユキがそれを行っている間に、ライトは薪オーブンの準備をし始めた。
 慣れない場所での着火であったが、パチパチと火の燃える音がし始め、無事に着火出来たことにほっとライトが息をつく。と、控えめにエプロンの裾が引かれ、ライトはユキの方に振り返った。
「どうなさいました?」
 ユキは笑顔で生地を見せる。全ての型抜きが終わった様だ。
「ありがとうございますユキ様」
 早速型抜かれた生地を鉄板に乗せ、ライトはミトンを着けてそれをオーブンの中へと入れる。
 火傷の心配か、はらはらとユキが見守る中、全ての生地がオーブンの中へと入れられた。
「さて、…これで狐色になるまで焼けば完成です、わ」
 近づいて見ても良い? というユキの言葉に、あまり近くでは見ない様に言いながら、ライトは焼けるまで生地を見守るユキの姿にくすりと笑う。
 ユキがじっと見つめ動かない事を視野に入れつつも、ライトはお茶を淹れ、レイスの方へと移動した。
「レイス王子、後は焼けるだけとなりました」
「あぁご苦労様ライト、どうもありがとう」
 淹れたお茶をテーブルの上に置き、ライトは「こちらこそ可愛らしいエプロンをありがとうございますわ」と少し語尾を上げて言う。
「ユキにも言ったんだ、相手に似合うと思った物ならきっと喜んで貰えるよってね」
「………えぇ、確かにユキ様は可愛らしく愛らしいと思いましたわ」
「ライトも良く似合ってるぞv」
「ユキ様にもお茶をご用意したので失礼します」
 そんなに照れなくても良いのに〜と、わざと聞こえる様に言うレイスを放置し、ライトは小さな椅子と小さなテーブルをユキの隣に持ってきた。
「お座り下さいな、お茶も用意したので焼けるまでどうぞ」
 ライトの気遣いに、ユキはありがとうとお礼を綴る。
 そして一緒になって焼けるまで見守り、良い香りがコテージに広がったところで美味しそうなお菓子が出来上がった。
「ユキ様、『スコーン』が出来上がりましたわ」
 ミトンを着け、ライトが鉄板を取り出すと、スコーンの香ばしい香りがもっと広がる。それらは粗熱を取る為に別の場所へと移された。
 そしてスコーンを冷ます間にライトは贈り物用の箱を用意し、途中で作ったジャムを瓶に入れ、その箱に仕舞う。その間にユキは一生懸命にこれでもない、それでもないと、箱を彩るリボンを選んでいった。
 ユキが結構な時間を掛けてリボンを選んだのでスコーンが良い感じに冷えた様だ。それをジャムを入れた箱の中に入れ、ライトは丁寧に箱を閉める。
 残りのスコーンは全て籠の中に入れ、お片付けも楽しく『会話』をしながら終わらせ、こうしてライトとユキのお菓子作りは幕を閉じた。

 ◆-------------------------◆

 コテージからアズの魔法で城に戻り、籠にしまって貰ったスコーンを用意して、レイスの部屋でお茶にする。
 あの後、お城でセシルさんも待っているでしょうからと、籠に入ったスコーンと、用意して貰った贈り物をユキはライトから受け取った。そういえば今日って用事もあったんだっけ? とレイスがライトに問い掛け、申し訳なさそうにするライトに無理言ってごめんなとレイスが言う。
 レイスはアズに直ぐライトを送っていく様に命じると、アズはライトと共に外に出た。見送る為に、ユキもレイスも外に出る。
「今日は楽しかったですわ、どうもありがとうございました」
「こちらこそありがとな」
 パシャンと水の音が辺りに響き、ライトとアズを水柱が囲む。暫く柱が渦を巻いていると、突如内側から弾ける様にして水柱は消え去った。
 弾けた水柱が雨の様に水滴を落とす。そこにライトの姿はなく、アズだけがその場に立っていた。
 アズはこの様にして一時で変装を解き、水の人形を消し、あたかもライトを送っていった様に見せたのである。
「うん、ユキ上手に出来てるぞv」
 蜂蜜を用意し、焼き立てのスコーンを皆で食べる。
 ライトも一緒が良かったが、用事があるなら仕方がないと、ユキはセシルの軍事訓練が終わるのを楽しみにしていた。
 しかし、それよりもユキは楽しみにしている事がある。
「ユキちゃん、これで良い?」
 アズがスコーンとジャムが入った箱を持ってやってくる。それはユキが選んだリボンを使い、綺麗にラッピングがされていた。
「っ!」
 そしてユキがアズのもとに駆け寄る。
 薔薇の花とメッセージカードが添えられた贈り物を見て、ユキは花が咲く様に嬉しそうに笑った。
「じゃぁ、これで送って良いかな?」
 アズの問い掛けに、ユキはこくこくと何度も頷く。
 まるで「早く届けて」とでも言うような可愛い行動に、レイスはユキに近づいて頭を撫でた。
「ライトと一生懸命作ったもんな」
 最後にこくんと、ユキは大きく頷く。
 アズは贈り物をテーブルの上に置き、二人が見守る中、ふわりと魔法を発動させた。
「しばちゃん、お誕生日おめでとう」
 アズの言葉と共に、ふっと贈り物が姿を消す。
 心からの敬意をもって、しば様に彼等の気持ちが届きます様に。

2014年8月5日 しばちゃんお誕生日記念

 ◆-------------------------◆

「ユキちゃん、そういえばどうしてお菓子にしたの?」
 贈り物が姿を消し、皆で贈り物が届いた事を祈りながらアズがユキに問い掛けると、ユキが照れた様に言葉を綴った。
 その言葉に、アズは「そうだね」と微笑みながら同意をする。
「何? アっちゃんユキは何て?」
「ユキちゃんね、しばちゃんとお茶会をしたいんだって」
「成程、じゃぁ今度皆でお茶会開こうな」
 レイスの言葉に、ユキが嬉しそうに頷く。と、彼は突如扉を見て、突然に笑みを浮かべ口を開いた。
「ユッキー、何でセシルに内緒だったんだ?」
 ぱちぱちと、ユキは瞳を瞬かせてレイスの手を取る。すると、徐々に言葉になるその文字にレイスが吹き出す様に笑い転げた。
「え? レイス、ユキちゃんは何て言ったんだ?」
 何で笑うの? とばかりに今度はアズの手を取り、ユキは同じように言葉を綴る。すると、アズはピシッと固まり、続いてユキの肩に手を乗せた。
「ユキちゃん、しば犬さんはセシルと同じ『獣人』ではないからね」
 段々と、この部屋に誰かが近付いてくる気配をアズは感じ取った。レイスもこの様子なら気付いているだろう。
 彼が来る前に伝えておくべきか、それで内緒にされた事に気づかぬ様に黙っておくべきか。
「えっと……ユキちゃん、そろそろセシルが来るからユキちゃんが作ったお菓子、食べて貰おうか」
 ユキは勘違いをしていたらしい。同じ『わんこ』だから、セシルに言ったらばれてしまうと。

 ◇-------------------------◇

☆ ああ、ユキちゃんがちょー可愛いv
Ryu ! Thank you for the pleasant novel ♪

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